8月21日読了時間: 4分あとがきこの私小説を書き始めたのは6月の初め。弟の7回忌法要が終わった後のことだった。 母に「あの時の出来事をエッセイにしたい」と打ち明けた。世間から見たら、ちょっと変わっていると思うが、母は僕のSNSを知っていて時々、いいねもくれる。以前、相談もなしに弟のことや家族のことを勝手...
8月20日読了時間: 3分春3「もうすぐ大阪だよ」 妻の声で僕は目を覚ます。いつの間にか、僕の方が熟睡していたようだ。 その日は、新しいアパートを決める為に不動産屋へ向かう日だった。 結局のところ。僕はやっぱりバンドを捨てきれなかった。ただ、あの時と違って、ちゃんと正社員の仕事を見つけて、きち...
8月19日読了時間: 3分秋9月になり、僕は仕事に戻った。約2カ月、急に仕事を休んだ事を上司や同僚に詫び、少しずつ仕事の勘を取り戻して行った。 仕事中も、あの夏の日々を思い出す度に涙が滲んだ。それでも前を向けたのは、多くの人の支えがあったからだ。...
8月18日読了時間: 3分夏10通夜が始まる頃には大彼女も大阪からこちらに着いていた。青空をバックに遺影の弟は良い顔で笑っていた。GReeeeNのキセキが葬儀会場に流れ、大きなボードには弟が小中と打ち込んでいた野球をする姿の写真が飾られていた。 次々と訪れる、弟の友人や同級生。中には取り乱し泣き崩れる女...
8月17日読了時間: 3分夏9弟を乗せた寝台車が京都から滋賀の実家に辿り着いたのは、夜中を過ぎた頃だった。 エアコンのよく効いた部屋で、父、母、僕、弟の4人は川の字になって眠った。 「やっと帰れたな。良かったなゆうひ」 母は何度も弟に語りかける。もちろん返事はない。僕らの真ん中に横たわっているのは抜...
8月16日読了時間: 4分夏8手術から1か月が過ぎた。 8月4日 その日、28歳の誕生日を迎える僕は、手術後初めて彼女の家で過ごすことを決めていた。 彼女のお気に入りの店のケーキを買っておいてくれているようで、浮き足立ちながら彼女の住む大阪へと電車で向かった。...
8月15日読了時間: 3分夏7神社の門の前で突然、母の携帯が鳴った。母は血相を変えて今すぐに病院に向かうと言った。 御百度参りをはじめて、1週間経った頃だろうか。その時には、さすがに僕の気力は切れていて、サボる事が多くなっていたのだが、久しぶりに神社について行った日の事である。...
8月14日読了時間: 3分夏6御百度参りという風習がある。100日間欠かさずお参りに行くか、100回お参りをすることによって、願いが成就すると言われる儀式だ。 病院近くの賃貸アパートから車で数分の場所に「釘抜き地蔵」と呼ばれる有名な仏像が祀られている神社があった。...
8月13日読了時間: 4分春2家出の計画は弟だけには話していた。 「一度実家戻って、それでもやりたいって思うんなら、それが兄貴の一番やりたい事なんとちゃうの?」 弟は難しそうなゲームをプレイしながら言った。 「好きなようにやれよ。俺と違って健常者なんやから。」...
8月12日読了時間: 4分夏5弟に会えたのは、僕が退院してからだった。手術後ICUに入った弟は、まだ一度も酸素ボンベを外せておらず、透析でなんとか延命している状態だと聞かされた。 明日には。必ず明日には、肝臓が機能を開始するはずだ。親も担当医も、その時が来るのを祈るように待ち続けていたらしい。しかし、...
8月11日読了時間: 3分冬3なんとかバイトの面接を終え、少し冷静さを取り戻した僕は一旦実家へ戻った。 黙って家出を計画していた事を改めて謝罪した上で、改めて自分の覚悟を親に伝えた。 一度だけ本気でバンドをやってみたい事。30歳までに結果が出なかったら、その時は本当に諦めて再就職する事。彼女とも、そ...
8月9日読了時間: 3分冬2退職届は受け取ってもらえなかった。 「根性が足りん」で一蹴された。 その夜。会社から実家に連絡が入った。 「半人前の息子が迷惑おかけして申し訳ありません」 親は電話越しにヘコヘコ頭を下げて謝るばかりだった。 大阪に戻ってバンドをしたいという僕の願いは、全くと言って...
8月8日読了時間: 3分夏3「よくやった!でかしたぞ!」 意識が戻って最初に聞こえたのは父の声だった。あれだけ嫌っていた父の声を聞いた時、何故か心からホッとした事を覚えている。 寒い。 最初に感じたのは寒さだった。悪寒が全身を包み、ひどく喉が渇き、呼吸をするのが難しかった。生まれて初めて酸素ボン...
8月7日読了時間: 3分冬1このままじゃ、何も残せないと思った。一度きりの人生が後悔ばかりで終わってしまうと焦っていた。 2018年の2月に憧れのバンドを迎えて、企画したイベントは初めての黒字を出した。ここから、やっと始まるんだと思っていた。 両親には秘密でバイトの面接を受け、その年には仕事を辞め...
8月6日読了時間: 2分夏2夜の鴨川のほとりでは多くの恋人の影が肩を寄せ合っている。僕らも遠くから見れば、愛を語り合うそれと同じ影の形をしていただろう。 「明日すぐにでもドナー手術をしないといけないかもしれない」 僕は彼女に事情を説明した。風が吹けばまだ涼しい、初夏の夜のことだった。...
8月5日読了時間: 4分夏1僕の小学1年生の誕生日にひいおばあちゃんが死んだ。そして僕の28歳の誕生日には弟が死んだ。 ひいおばあちゃんが死んだ時とは何もかもが違っていた。あの頃はまだ、死が何なのかもよく分かっていなかった。だけど、「死のにおい」だけは同じだった。...
8月3日読了時間: 3分春12022年―春― 人生を旅に例えるのなら、いつだって旅の途中の僕らには出発も到着も帰還も、全てが経過でしかない。それでも、ある心の動く瞬間を「はじまり」と例える事は、人生にニ度や三度くらいは許されてもいいはずだと僕は思う。...
8月3日読了時間: 2分もしも君が生きてたら-まえがきはっきり言って、この私小説が何の役に立つのか僕には分からない。 同じ病を抱える人を元気付ける闘病日記でもない。困難を乗り越えて、成功したミュージシャンの自伝でもない。ただ、カワゴシセイトという一般人に起こった事実と、その時に感じた心象風景を淡々と書き綴っただけの駄文の羅列...