通夜が始まる頃には大彼女も大阪からこちらに着いていた。青空をバックに遺影の弟は良い顔で笑っていた。GReeeeNのキセキが葬儀会場に流れ、大きなボードには弟が小中と打ち込んでいた野球をする姿の写真が飾られていた。
次々と訪れる、弟の友人や同級生。中には取り乱し泣き崩れる女の子もいた。
ひいおばあちゃんが亡くなった時と同じにおいの中、僧侶が経を読み上げる。僕らは順に尚香し、終わると席に向かって、深々と頭を下げた。
通夜が終わった後、小学校の先生が遅れて駆けつけてくれた。ただただ驚きを隠せない表情で、口に手を当て先生は涙ぐんだ。
僕と彼女は実家に戻り、明日の葬儀に備えて眠った。父と母は葬儀会館に残り、弟と最後の夜を過ごした。
その夜、夢に弟の姿が現れた。それは小学校くらいの幼い頃の弟だった事だけは覚えている。絞り出すような泣き声を上げながら目覚めた僕を、彼女は優しく抱きしめてくれた。
葬儀中はもう、涙は出なかった。最後に全員が弟に花を手向け、別れの言葉を口にした。僕は何も言わなかった。言えなかった。
――また一緒にゲームでもしようぜ――
約束は叶わなかった。ふざけんなよ。そう言いたかった。だけど、言えなかった。
とても、良く晴れた夏の日だった。そこからの事は断片的にしか思い出せない。火葬ボタンを押す時の父の表情。小さく骨だけになった弟の骨を愛しそうに拾う母。空に登る煙。
そこからも、慌ただしい時間が過ぎ、ようやく家が落ち着いた頃。久しぶりに「もも」と散歩をしに、田んぼの方へ向かった。陽が落ちかけていて、田んぼの水がオレンジ色の光を反射していた。夕方の風に揺れる木々のざわめき。水路のせせらぎと、草履が地面を擦る音。森の方角からはひぐらしがカナカナと鳴いている声が聞こえる。僕は足を止めて、それらの音に耳を傾けた。
風が止んだかと思えば、再び僕の頬をかすめながら、またどこかへ向かって吹き抜けていく。
お百度参りの時に感じた、あの感覚。
世界が僕になって、僕は世界になった。
生きている
世界とは僕が今、生きているから存在している。さっき、吹き抜けて行った風は、弟の一部だった物かもしれない。弟が見て感じていた世界。僕が今、見て感じている世界。
同じだという保証はどこにもない。だけど、僕の寂しさは不思議と和らいでいた。そっか。あいつは世界になったんだ。そして僕の一部になったんだ。
僕がこれから抱くあらゆる感情を、これから一緒に受け止めて、乗り越えて生きていく相棒が心に宿った気がした。
「おい!さっさと行くぞ!」
ももが振り返り、そう言いたげな表情をしてこちらを見ていた。
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