神社の門の前で突然、母の携帯が鳴った。母は血相を変えて今すぐに病院に向かうと言った。
御百度参りをはじめて、1週間経った頃だろうか。その時には、さすがに僕の気力は切れていて、サボる事が多くなっていたのだが、久しぶりに神社について行った日の事である。
肝臓の数値が非常に悪くなっていると告げられた。相変わらず、僕の肝臓は機能せず、手術からもうかなり経過している事を考えると、3度目の移植を考えるべきフェーズに来ていると医師は深刻な面持ちで話す。
しかし、それは現実的に不可能であると誰もが解っていた。おそらく3度目の手術を乗り越える体力は、もう弟には残っていない。立て続けの2度の移植手術を乗り越えただけでも奇跡なのだ。1度目の小さな男の子の肝臓も、2度目の僕の肝臓も機能しなかった。そして3度目はない。
それはつまり、このまま僕の肝臓が機能しなければ、それで終わってしまうという意味だった。
「ゆうひ、死んでしまうんか?」
その時、初めて不安が実態を持った恐怖となって僕を襲った。
「そんなこと、有り得ん。大丈夫や」
「毎日お参りしてるんや。まだ諦めたらアカン。明日からも毎日お参りすれば……」
父と母は気丈に振る舞いはしていたが、精神的にかなり疲弊している様子だった。
「人口呼吸は外せへんの?せめて少しでも話したい。死んでもたら、もう2度と話せへんのやで」
僕はとにかく弟と話がしたかった。この療養中に弟とやっていたスマホゲームのランクをかなり上げたこと。スイッチの新しいゲームがとても面白かったこと。もっとたくさん話したい事があった。しかし、両親は首を横に振った。人口呼吸器を外した所で、弟に会話をする体力はもうなかったのかもしれない。
その代わりに、その日ICUで文字盤を使って、看護師が弟との意思疎通を試みてくれた。ベッドを起こし、文字盤を弟の目の前に置く。
「何か言いたい事ないか?」
こちらの声は聞こえているようで、僕らを目で追いはするが、その視線はどこか虚ろで、移植前とは変わり果てたその姿を見ているのが辛かった。
弟は看護師の補助を受けながら文字盤をゆっくり指でなぞる。
あ り
「ありがとう?誕生日プレゼントの事か?」
少し頷く弟。意思疎通が出来た。
しかし、その後は何度やっても意味を成さない文字の組み合わせになって、弟は疲れてしまったのか、再び目を閉じて眠ってしまった。
弟の声が聞きたかった。もう一度、あのぶっきらぼうな喋り方をする姿が見たかった。
何でやねん。何で兄弟の肝臓やのに合わへんねん。
もう聞き飽きてしまったCDが一周して、また一曲目に戻る。面会時間が終了し、名残惜しく3人は賃貸アパートに戻り、いつも通りスーパーの惣菜を食べる。食後にスマホゲームを立ち上げ、ランクを上げていく。もう、あいつのランクより随分上に行ってしまった。次に対戦する時は圧勝してしまうかもしれない。
――また一緒にゲームでもしようぜ――
約束破るなよ。絶対やぞ。
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