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  • 執筆者の写真nigetasakana1231

夏7

 神社の門の前で突然、母の携帯が鳴った。母は血相を変えて今すぐに病院に向かうと言った。

 御百度参りをはじめて、1週間経った頃だろうか。その時には、さすがに僕の気力は切れていて、サボる事が多くなっていたのだが、久しぶりに神社について行った日の事である。


 肝臓の数値が非常に悪くなっていると告げられた。相変わらず、僕の肝臓は機能せず、手術からもうかなり経過している事を考えると、3度目の移植を考えるべきフェーズに来ていると医師は深刻な面持ちで話す。

 しかし、それは現実的に不可能であると誰もが解っていた。おそらく3度目の手術を乗り越える体力は、もう弟には残っていない。立て続けの2度の移植手術を乗り越えただけでも奇跡なのだ。1度目の小さな男の子の肝臓も、2度目の僕の肝臓も機能しなかった。そして3度目はない。

 それはつまり、このまま僕の肝臓が機能しなければ、それで終わってしまうという意味だった。

「ゆうひ、死んでしまうんか?」

 その時、初めて不安が実態を持った恐怖となって僕を襲った。

「そんなこと、有り得ん。大丈夫や」

「毎日お参りしてるんや。まだ諦めたらアカン。明日からも毎日お参りすれば……」

 父と母は気丈に振る舞いはしていたが、精神的にかなり疲弊している様子だった。


「人口呼吸は外せへんの?せめて少しでも話したい。死んでもたら、もう2度と話せへんのやで」

 僕はとにかく弟と話がしたかった。この療養中に弟とやっていたスマホゲームのランクをかなり上げたこと。スイッチの新しいゲームがとても面白かったこと。もっとたくさん話したい事があった。しかし、両親は首を横に振った。人口呼吸器を外した所で、弟に会話をする体力はもうなかったのかもしれない。


 その代わりに、その日ICUで文字盤を使って、看護師が弟との意思疎通を試みてくれた。ベッドを起こし、文字盤を弟の目の前に置く。

「何か言いたい事ないか?」

 こちらの声は聞こえているようで、僕らを目で追いはするが、その視線はどこか虚ろで、移植前とは変わり果てたその姿を見ているのが辛かった。

 弟は看護師の補助を受けながら文字盤をゆっくり指でなぞる。

 

 あ    り

 

「ありがとう?誕生日プレゼントの事か?」

 少し頷く弟。意思疎通が出来た。


 しかし、その後は何度やっても意味を成さない文字の組み合わせになって、弟は疲れてしまったのか、再び目を閉じて眠ってしまった。

 弟の声が聞きたかった。もう一度、あのぶっきらぼうな喋り方をする姿が見たかった。

何でやねん。何で兄弟の肝臓やのに合わへんねん。


 もう聞き飽きてしまったCDが一周して、また一曲目に戻る。面会時間が終了し、名残惜しく3人は賃貸アパートに戻り、いつも通りスーパーの惣菜を食べる。食後にスマホゲームを立ち上げ、ランクを上げていく。もう、あいつのランクより随分上に行ってしまった。次に対戦する時は圧勝してしまうかもしれない。


 ――また一緒にゲームでもしようぜ――


 約束破るなよ。絶対やぞ。

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