なんとかバイトの面接を終え、少し冷静さを取り戻した僕は一旦実家へ戻った。
黙って家出を計画していた事を改めて謝罪した上で、改めて自分の覚悟を親に伝えた。
一度だけ本気でバンドをやってみたい事。30歳までに結果が出なかったら、その時は本当に諦めて再就職する事。彼女とも、それを約束している事を伝えた。
「バンドさせてください!お願いします!」
気付けば僕は畳に頭を擦り付け、土下座をしていた。それでも、父親は認めようとはしなかった。
「バンドをやるのはええ。だけど、仕事しながらでも趣味でやったらええがな。何でそこまで大阪に行く事にこだわるん?仕事辞めたいだけちゃうんか?バイトなんて生活していけんぞ」
もうその時には僕の頭も凝り固まっていて、趣味でダラダラやるくらいならバンドを解散した方がマシだと思っていたので、結局議論は平行線。ここが正念場で、成功者はきっとここで自分の意思を曲げずに、自分の信じた道を貫いた筈だと自分を奮い立たせた。
「たった一度きりの人生を後悔したくないねん。もう子供やないんやから、好きにさせてくれや!」
僕は今まで出した事もないような大声で親に訴えた。
「詐欺に遭って、泣きながら助け求めて来たお前のどこが大人やねん!自分一人で生活も出来んくせに!考えが甘すぎるんじゃ!」
父親も譲らない。
「だから大阪行って自立すんねん!もう関わらんといてくれ!音楽で売れんかったら死んでもええ!ほっといてくれ!」
「それが迷惑や言うとるんや!親戚中の恥晒しやぞ!」
僕はやはり耐えきれず、玄関を飛び出す。しかし、母が後ろで呼び止める。
「とりあえず、ご飯だけでも食べていき」
その夜の晩御飯は焼き魚とほうれんそうのおひたしだった。特に好きでもないメニューだったが、お腹は減っていた。
昨日からの口論を聞いていた弟も食卓に並んだ。
「もう分かった。アンタの好きにしたらええ。でも、今は大変な時期なんや。それだけは分かっといてな」
母が言う。父は何も言わない。
食器と箸がぶつかる音だけが、しばらく続いた。
「ほんまにすまん」
ふいに弟が口を開いた。
「俺がこんな病気やからや。ほんまにすまん」
弟は箸を置き、僕がさっき親にしたように畳に頭を擦り付け泣きながら土下座をした。
僕は言葉を失い、弟を見た。普段は粗暴な態度ばかりとっていた弟が、感情を露わにして泣きながら僕に、僕らに謝っている。両親も驚きのあまり言葉をかけられずにいた。
「俺が病気やなかったら、兄貴も自由にバンドやれたし、おとんもおかんも喧嘩せんでよかった!全部俺が悪い!許してくれ!」
「そんなわけないやろアホ!何言うてんねん!」
僕はそう言いながら込み上げてくる涙を抑えようと必死だった。
「そんなことあらへん。みんなお前に元気になって欲しいだけなんや。顔あげよし」
気付けば母も泣いていた。父も嗚咽を漏らしていた。
「ごめん。ほんまにごめんな」
その夜のほうれんそうは、しょっぱい涙の味しかしなかった。
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