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  • 執筆者の写真nigetasakana1231

冬1

 このままじゃ、何も残せないと思った。一度きりの人生が後悔ばかりで終わってしまうと焦っていた。

 2018年の2月に憧れのバンドを迎えて、企画したイベントは初めての黒字を出した。ここから、やっと始まるんだと思っていた。

 両親には秘密でバイトの面接を受け、その年には仕事を辞めて大阪で彼女と暮らしながら、よりバンド活動に力を注いでいくつもりでいた。


 滋賀の実家から大阪まで2時間。スタジオに行くだけで往復5000円。平日の仕事終わりに特急に乗ってリハなしライブをし、打ち上げも出ずに早すぎる終電で帰り、ボロボロの寝不足の体で次の日も仕事。そんな生活を二年近く続けていた僕の精神はとうに限界を超えていた。

 

 ある日、いつものように昼食をとりに実家へ戻った時の事だった。

昼ご飯を準備していると父が神妙な面持ちで、椅子に座るように促した。

「またミスしたんやってな。そろそろバンド辞めて、真剣に働いたらどうや」

 狭い田舎のコミュニティにありがちな事だが、僕の勤務態度や仕事でのミスの噂が父に流れていたらしい。父は世間体を保つ為に、僕を叱責して更生させようとしたのだ。

 確かに、僕は要領が悪くて、よくミスをする。だけど、バンドをしてるからといって手を抜いて仕事をしているつもりは微塵もなかった。

 なるべく会社に迷惑をかけないように、バンドと仕事を両立させているつもりでいた。

「バンドは関係ないやろ!」

 人生でその時ほど、頭に血が登ったことはなかった。心拍数が上昇し、上手く息が出来なくなった。耐えられず、準備していた昼食を置き去りにして、僕は家を飛び出した。 

 父がいる家から、会社から、この田舎から出来るだけ遠くへ離れたかった。わけもわからず、走って気がつけば集落の外れの田園地帯まで来ていた。


「気にせんでええ。兄貴の勝ちや」

 後ろで弟の声がする。

「あそこで手ぇ出さんかった兄貴の勝ちや。あんなん気にすんな」

 おそらく一部始終を聞いていたのだろう。急に飛び出した僕を心配してか、後を追って来てくれたのだ。


 あの時、弟が来てくれて本当に良かったと思う。頭に登った血が少しずつ引いて行き、僕は家に戻り昼食を食べ、重い気持ちのままではあったが、午後の業務をこなした。


 それからというもの、僕と父の関係は最悪だった。同じように弟も父の事を嫌っているようで、僕らは同盟のような関係となった。親VS息子の構図が、悲しいかな出来上がってしまっていたのである。

 

 家庭内のムードは最悪で、何度か家族会議が行われるも、大した改善には至らなかった。

 そんな地獄のような家を一刻も早く出たかった僕は、着々と家出の準備を進めていた。

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