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  • 執筆者の写真nigetasakana1231

夏9

 弟を乗せた寝台車が京都から滋賀の実家に辿り着いたのは、夜中を過ぎた頃だった。

 エアコンのよく効いた部屋で、父、母、僕、弟の4人は川の字になって眠った。

「やっと帰れたな。良かったなゆうひ」

 母は何度も弟に語りかける。もちろん返事はない。僕らの真ん中に横たわっているのは抜け殻だ。全く、実感が沸かなかった。朝になれば、あくびをしながら起きて来るんじゃないかと淡い期待を抱かずにはいられなかった。夢も見る暇もなく、ほとんど眠れずに朝が来た。

 

 慌ただしく、多くの黒い服を着た人が家を出たり入ったりしていた。なんとなく覚えている。ひいおばあちゃんが死んだ日も、こんな感じだった。たくさんの親戚が神妙な面持ちで、声をかけてくれる。

「このたびはわるいことで」

わるいこと。確かに、これはわるいことだ。


 父は喪主として通夜の準備に奔走していた。何より大変だったのが、真夏の暑さだ。その当時、居間と寝室にしかエアコンはついておらず、居間の扉を開けっぱなしにしても、皆が集まる座敷まで冷気は届かなかった。腐敗を防ぐ為にも超特急で、エアコンをグレードアップする必要があった。


 飼い犬の「もも」は、かつてない量の来訪者に終始興奮気味に吠えていた。やるべき事や決める事がたくさんあった。悲しむ暇もなかった。

 死装束を纏い、死化粧を施された弟の身体を棺に入れる。ももが冷たくなった飼い主の頬をペロリと舐める。何かを察したように、それ以降は吠える事もなく、ももは静かにしていた。


 故人の大切な物を一緒に棺に入れる事が出来るらしく、僕は2階の遊び部屋で埃を被っている古いゲームソフトが入った引き出しを引っ張り出して来る。

「燃える時に、有害物質が出るかもしれませんが、一本だけなら構いませんよ」

 納棺師が言う。

「一本だけ……」

 弟が1番好きだったゲームはどれだっけ。マリオ、スマブラ、ドンキーコング、風来のシレン、ボンバーマン、それとも格ゲー?

考えている内に、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「無理だ……選べない」

 どのゲームにも、たくさんの思い出があった。

外遊びが嫌いだった僕の1番の楽しみといえば、ゲームだった。毎年、クリスマスと誕生日が来るのが楽しみで仕方がなかった。買ってもらったゲームを弟と取り合った事もある。セーブデータを消されて、本気で怒った事もある。弟の方がゲームは上手いから、対戦ゲームでは負けてばかりで正直つまらなかった。だけど、弟が楽しそうにしているから、別にいいやと思っていつも付き合っては負けた。2人で協力してめちゃくちゃ強いラスボスを倒した時は、思わず2人で叫び声を上げた。


 どのゲームにも語り尽くせないほどの思い出があった。性格も価値観も全然違う二人だったけれど「ゲームが好き」という一点だけは気が合った。中学時代にいじめにあって学校で孤立した時も、家に帰って弟とゲームで遊んでいれば、学校での辛さを忘れる事が出来た。

 弟の病気が悪化してからは、ゲームだけが弟の心の拠り所となった。僕以外にもネットで知り合った友人と、チャットをしながら毎晩遅くまで遊んでいたらしい。それでも、たまに昔のゲームをひっぱり出して、二人であの頃のように無邪気に遊ぶ時があった。

 しかし、もう二度と弟とゲームは出来ない。それを理解した時、途方もない寂寥感が洪水のように押し寄せ、僕を取り乱させた。

「なんでもいいから、早よ一本選び」

 同じく号泣している母に急かされ、僕はずっと勝てなかった対戦ゲームを選んだ。だけど、1番遊んだソフトは間違いなく、このソフトだ。


 他に弟が一番好きだった漫画の一巻。誕生日プレゼントのスニーカーを弟の綺麗な死に顔の横に添えた。

 男の親戚一同で、棺を霊柩車へ運び込む。良い思い出も悪い思い出もたくさん詰まった家を、弟の身体は出て行く。

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